独自の視点で読み解く

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独自の視点で読み解く⑫

「minagarten(ミナガルテン)」

「minagarten(ミナガルテン)」外観

今回の取材先であるminagarten(ミナガルテン)は、佐伯区皆賀(みなが)の住宅街にあります。大きな温室を連想させるガラス張りのたたずまいが道行く人の目を引きつけ、つい足を踏み入れたくなるどこか懐かしい雰囲気を醸しています。1階にはベーカリーやカフェ、シェア型の本屋があり、2階にあるサロンスペースでは何人ものプロフェッショナルが施術や教室を行い、3階ではアンティーク家具や日用雑貨も扱っていらっしゃいます。

「minagarten(ミナガルテン)」外観 「minagarten(ミナガルテン)」内観
「minagarten(ミナガルテン)」内観
「minagarten(ミナガルテン)」内観

また道を挟んで位置する分譲住宅エリアは、その中庭を共有することで住民が一緒に庭を手入れしながら交流し、子どもたちは自然と集まって遊びます。
空間を細かく分けず、小さなアクションが生まれやすいミナガルテンの設計は、「2023年度グッドデザイン賞」において「GOOD DESIGN AWARD 2023(まちづくり部門)」を受賞しました。
ミナガルテンの仕掛け人である谷口千春さんに、創業までのストーリーやそこに込めた世界観について伺います。

株式会社真屋 取締役
minagarten(ミナガルテン)代表 谷口千春さん
京都大学と東京大学大学院で建築を学ぶ。卒業後は建築界にとどまらず、出版社やメディア、伝統工芸等の幅広い分野で活躍。2017年に家業である園芸卸売業の廃業を受け、それを引き継ぐ形で創業を決意し、コミュニティー施設「minagarten(ミナガルテン)」をオープン。

minagarten(ミナガルテン)代表 谷口千春さん

「グラデーションの世界」という価値観

  • 本田さん ミナガルテンのテーマ「人と暮らしのウェルビーイング(幸福)」への思いを聞かせていただけますか。
  • 谷口さん 一人一人のウェルビーイング、良い状態を共同体においてどう両立させていくかを探求し、それを実践していくという意味を込めています。人が集まる場所ってどうしてもぶつかり合いが生まれますよね。でもその中で、良い状態を一緒につくっていく過程を大切にしていこう、というのがミナガルテンです。
  • 本田さん なるほど。カフェやシェアスペース、分譲住宅などは、あくまでも手段(過程)ですね。
  • 谷口さん そうです。ホームページのトップ画像でも、その思いを表現しています。
「minagarten(ミナガルテン)」ホームページ
  • 本田さん これは瀬戸内海の風景ですね。
  • 谷口さん はい。瀬戸内の海や島、内陸の土地が写っていますよね。これらは一見別々に見えますが、海面の高さが変われば、さっきまでの陸が海になるし、海から島が現れたりもします。このように別々に見えていたものも実は1つとして捉えられますよね。そうした捉え方が平和や融和にもつながると思っています。これは「0か1」や「白か黒」ではない、グラデーションの世界を大切にしたいという私の生き方にも通じています。
  • 本田さん ウェルビーイングには平和への祈りも含まれているのですね。「グラデーションの世界」という視点から眺めると、今私たちがいる空間も植栽があちらこちらに施されていますし、大きな窓も開け放たれて中と外が融合したような形ですよね。
  • 谷口さん これはジェフリー・バワというスリランカの建築家の世界観に影響されています。外と中、どちらにも居場所があるという思想に基づいて設計しました。分譲住宅エリアも塀を建ててきっちり分けるのではなく、住民同士の持っている土地を出し合うことで中庭を共有し、プライベートと共有空間のグラデーションをつくっています。
  • 本田さん なだらかなつながりが生まれているのですね。そのような価値観が培われたのは、どのようなご経験からでしょうか。
  • 谷口さん 大学院生の頃に「能楽×建築」というテーマのもと、淡路島の野原を切り開いて舞台をつくり、人間国宝の能楽師をお招きして野外パフォーマンスを演じていただきました。このプロジェクトをやり遂げたことが大きな転機でした。そこにある人や物語に対して、それを生かす建築や空間設計とはどうあるべきか、コンテンツを街に開くことで「境界を溶かしていく(グラデーションの世界)」という考え方はこの頃に育まれたと思います。
  • 本田さん 伝統芸能と建築、外と中が融合した空間、人と人がつながるプロジェクト、ミナガルテンに大きくつながっているものが多そうですね。
  • 谷口さん それまでやってきたことや、その後取り組むことになる全ての原点が、ここに詰め込まれていたと感じます。

どん底の時期に始まったミナガルテン構想

  • 本田さん ミナガルテンのプロジェクトを考えたきっかけを教えてください。
  • 谷口さん 大学院を卒業した後、30代半ばまでにさまざまな業界で経験を積んでいたのですが、なんでも全力投球しないと気が済まない完璧主義者だった私は限界に突き当たり、ある種の生きづらさを感じていました。社会の枠組みの中で自分の思いと相反する出来事に直面し苦しむことは誰にでもあるものと思いますが、ある時、もうこれ以上自分をごまかして生きることができなくなったのです。そこから「自分の人生を取り戻すにはどうしたらよいか」「自分の能力を最大限に生かすには何をやるべきか」と考えるようになっていきました。
  • 本田さん 人生の転換点だったのですね。
  • 谷口さん そうですね。そのような時期に父が病気で倒れ、園芸卸売業の廃業が決まりました。そして、事業の清算や父の介護で母は疲弊し、妹も大変な時期だったので、長女の私がなんとかしなくてはという状況になりました。
  • 本田さん もう谷口さんしかいないという状況だったのですね。
  • 谷口さん 私もどん底でしたが!
  • 本田さん みんなどん底!
  • 谷口さん ただ、なんとかしなくてはという使命感はあって、だからこそ最後までやりきるために強い信念のようなものが必要でした。そこで考えて考えて考え抜いた結果、「真・善・美」を価値判断の基準にして行動すると決めました。
  • 本田さん 「真・善・美」ですか。
  • 谷口さん はい。「真」は自分が真実だと思うこと。「善」は自分が善いと思うこと。「美」は自分が美しいと思うことです。社会の中での自分の在り方が、本来の自分ではないと苦しんできましたが、自分の決めたことであれば、最後までやり通せます。さらに皆賀という地の歴史を改めて知ることで、より使命感が大きくなっていきました。
  • 本田さん 大げさですが、これなら命を懸けられるという感覚ですか?
  • 谷口さん はい。そうだと思いますね。
谷口千春さんは語る

生まれゆく事業の鍵は「相手を理解」すること

  • 本田さん 最初はどのようなことから始められたのですか。
  • 谷口さん ミナガルテンをつくっていく上で、まずは地域の方やこれまでその土地を愛してくれた方々の声に耳を傾けるため、交流会のようなイベントを数多く開催しました。地元を20年も離れていたので、この場所にどのようなことが求められているのか、知ることが大切だったのです。
  • 本田さん 例えばどのようなイベントを企画されたのですか。
  • 谷口さん 地元の方をお招きして、アーティストと一緒にミナガルテンの床をキャンバスにして色とりどりの花畑の絵を描きました。この時、「ここにこのような絵を描いてください」といった具体的なお願いはしなかったにもかかわらず、とてもすてきな絵が出来上がりました。目指すビジョンと適切な手段さえあれば、個々の自由な活動が重ね合わされた結果、アーティスト一人が描く以上の美しい絵が生まれ出る様を目の当たりにしました。
  • 本田さん 谷口さんが「これをしたい」とアウトプットをコントロールしきるのではなく、皆に委ねる形を選ばれたのですね。
  • 谷口さん そうですね。出会った人たちと一緒に柔軟にルールを変更しながら運営・展開していくミナガルテンの事業スタイルの原点は、既にこの時、この場所にあったのではないかと思います。「こうじゃないと絶対に駄目」というふうにはしたくありません。
    園芸、アート、環境、本・・・テーマを決めてイベントを行うと、その周りにある生態系が見えてきます。どんなプレイヤーが広島や地域にいて、どんな人がお客様として来て下さるのか。一人一人がクリエイティビティーを発揮することで、小さなコミュニティーが重なり合っていき、またそこに新たな創造が立ち上がる。そんな実践の連続から想像を超える現実が生まれることで、「わたしたちの欲しい未来」の解像度が上がっていきます。トライ&エラーではなく、常にトライ!トライ!トライ!ですね。そんな交わりからどんどん良い循環が生まれてきました。
  • 本田さん たとえば、どんなエピソードがありますか?
  • 谷口さん 現在、ミナガルテンでは朝8時からモーニングカフェが開かれていますが、元々は館内のレンタルキッチンで月に1度「おうちパン講座」を開かれていた方が、個人事業としてモーニングカフェを始められたことがきっかけです。
  • 本田さん え? モーニングカフェは1階のパン屋さんが始められたのではなかったのですか。
  • 谷口さん そうなんです。元々は個人の小さな挑戦として始まった事業で、ミナガルテン自体も関係者の皆さんもすごく応援してくれていたのですが、次第に一人で運営することの限界点も見えてきました。そんな中、1Fでベーカリー事業を営んでいた「コンパニオンプランツ」が新たにカフェ事業を始める決断をしてくれて、モーニングもチームで対応できることになりました。元々モーニングカフェを始めた方はそのままベーカリーのスタッフとして就職し、立場は変わりましたが、元気にモーニングカフェ運営に関わってくれています。今のモーニングカフェのレシピは、彼女のオリジナルレシピも大切にしながら、ベーカリーのシェフとのコラボレーションで作られたものなんです。
  • 本田さん そうだったのですね。シェアスペースの単なる時間貸しだったら、そのような良い循環は生まれなかったでしょうね。
  • 谷口さん はい。人と人がつながって、楽しく応援し合える仕組みづくりのためには、一人一人の得意なこと、苦手なこと、将来の夢や目標を知ることが何より大切です。ミナガルテンは「自律分散型運営」と言って、個人事業主の集合体としてのコミュニティによって運営されている場所ですが、やはり要所要所ではしっかり自分の目で見て、耳で聞いて、深く「人」に関わっていくことが重要だと思っています。
  • 本田さん 企画段階のコミュニケーションに一番多くの時間を割かれている印象です。
  • 谷口さん そうですね。新たな企画やコミュニティを立ち上げる際には、やはり自分からメンバーになるべき人に声をかけたり、チームのバランスを見ながら色々な判断をしていますから。仲間となったメンバーが自走できるようになるといったん私は役目を終えて、一歩下がったところから見守るスタンスを取ります。ですが、何かあったときはいつでも手を差し伸べられるように、付かず離れずの状態を保つようにしたいと思っています。
  • 本田さん 何かあったとき―― たくさんの人が集まる場では、当然揉めごとが起こることもあるでしょう?
  • 谷口さん そうですね。ただそういう時も、オーナーだからと言って強引に是非をジャッジすることは、なるべくしたくないと思っています。メンバー間の対話によって、お互いの価値観や信念のような内面を深く知り合うことで、理解したり許し合ったりできる関係性をいかに築くことができるか。日々、ウェルビーイングの探求と実践です。笑
コーヒーを淹れる
コーヒーを淹れる
きゅーこんパン
サリュー

今後の展望とメッセージ

  • 本田さん これから創業される方へ、アドバイスやメッセージをお願いします。
  • 谷口さん まず1つ目は「普通を疑う」ことです。ミナガルテンは、多くのスペースを多くの出店者が場所をシェアする形で使っていますが、その利用料の設定には実はかなりのバリエーションがあります。どうすればお互いにフェアな関係を築けるか、多様な段階の方に使ってもらえるかを考え抜いた結果で、一緒にやりたいという気持ちを何よりも大事にしながら、経営上どうしても必要になってくるバランスを上手に保つよう工夫しています。「普通はこうだから」「他はこうしているから」という理由で、安易に物事を決めないようにしています。
谷口千春さんは語る
  • 本田さん 価格設定にも、相手を深く知ろうという姿勢があらわれているのですね。2つ目は何でしょうか。
  • 谷口さん 「しっかりと自分を掘り下げる」ことです。私は自分を掘り下げた結果、たまたま今の形に辿り着きました。人によって正解は異なります。
    ただ「自分の得意なことで喜んでくれる人がいる」「誰かの助けになりたい」という使命感が天職につながっていくのは、どんな人にも当てはまる真理のような気がします。
    まずは自分の使命を知ることが大切です。事業を続けていく中で、何かしら大変な状況は必ず訪れるものですから、表面的な興味や浮ついた理由のみに裏打ちされた仕事では、簡単に心が折れてしまいます。これから創業される皆さんにもしっかりと自分を掘り下げて、どんな時にも自分をしっかりと支えてくれる使命を見つけてほしいと思います。
  • 本田さん ありがとうございます。では最後に、谷口さんの今後の展望を教えてください。
  • 谷口さん 最近は、皆賀だけではなく竹原市や広島駅など、県内各地の街づくりに関わらせてもらう機会が増えています。「一人と皆んなのウェルビーイングを探求・実践する」という意味では、地域や規模は違っても本質的には一緒のことをやってると思ってます。ですが場所ごとに正解の形は違ってくるので、今も無我夢中で新しい形を見つけに行っている最中です。ミナガルテンだけでなく、広島のさまざまな場所で輪ができ、それが瀬戸内、日本全体へと広がり、共創の輪が重なっていく未来を創ることが、私が一生をかけて取り組むべき使命なのだと思っています。
「minagarten(ミナガルテン)」内観
「minagarten(ミナガルテン)」内観
「minagarten(ミナガルテン)」内観
「minagarten(ミナガルテン)」内観

Editorial Note

今回の取材では、「モノガタリスト」という谷口さんの肩書が強く印象に残りました。ミナガルテンに関わる方たちには、異なる思いや物語があります。それらを掛け合わせることで、誰も予想していなかった、楽しくて新しい物語が数多く生まれる。そんな物語を紡ぎ、ワクワクする反応を起こすカタリスト(触媒)であるということ。これからのミナガルテンと谷口さん、そして広島と私たちの物語が楽しみです。(取材/本田直美)




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